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2022.12.26

お客様の声「サーフボードが連れてきてくれた家」

鎌倉R不動産
 

仲介したマンションの内装工事も終わり、お引越し後落ち着かれたタイミングで、お客様からの声をいただくことができたので、ご紹介します。(以下、ほぼ原文のまま)


内装工事後の室内。サーフボードラックが壁の色と偶然一致!真ん中のボードが初代で、一番上がニューボード

「良い靴が良い場所へ連れていってくれる」というイタリアのことわざがあるけれど、わたしの場合「素敵なサーフボードがこの家に連れてきてくれた」と思っている。

さかのぼること8年前の夏、鎌倉市由比ガ浜から藤沢市鵠沼海岸の素敵なマンションに住み替えた。

そのとき、住み替え場所としては北鎌倉と鵠沼海岸が候補に挙がっていた。北鎌倉と鵠沼海岸というのは、京都とカリフォルニアを両天秤にかけているようなもので、全く雰囲気の異なるエリアなのだけどなぜかその両方に当時はとても惹かれていた。わたしは鵠沼海岸に住もうと決めた。それは、鵠沼海岸の物件がとても素敵だったことに加えて、その物件を紹介してくれた鎌倉R不動産のコマツさんのお人柄に魅了されてのことだった。

内見当日、コマツさんは渋い紺のジムニーで現れ、確かデニムをはいていたように思う。フワフワのパーマヘアが印象的だった。

その物件はマンションのエントランスに大きな木が植えられている。部屋に入ると無垢のフローリングに白壁、大きな窓。玄関からは江の島が見えて、それはそれはお気に入りの物件だった。


小島さんが以前住んでいたマンション。「波乗りの床」というタイトルだった(写真は8年前の募集時のもの)

以前住んでいたマンションの共用部。植栽があり、雰囲気のいいマンションだった (写真は8年前の募集時のもの)

でも翌年の春、半年余りでその物件を退去せざるを得なくなった。突然の関西転勤によって。

土地勘ゼロの場所に突然転勤になるという展開は、なかなかのドラマだった。当然住む場所を探すので、不動産屋さんのお世話になった。不動産屋さんは会社名の入った軽自動車に乗ってスーツに尖った靴を履き、現れた。担当してくれた方はとてもいい人で、大阪~兵庫エリアを広範囲にわたって案内してくれた。わたしは芦屋に住むことに決めた。

でも、コマツさんみたいにすぐにでも飲み友達になれそうな雰囲気ではなくて。紺のジムニーやラフな服装を懐かしく思うと同時に、失った湘南ライフがいかに貴重だったかを思い知らされた。

6年間の転勤の間に、わたしは関西でサーフィンを始めていた。3年前のことだ。芦屋から大阪の中央区に移り住んだわたしはその家から南海線「サザン」で、2時間かけて電車で海まで通っていた。海までの遠さもさることながら、ひとりで黙々と練習するものだから、まったく上達しなかった。いま鵠沼海岸に住んでいたら毎日海に通えるのに、と思いながら。

そうこうするうちコロナの影響もあいまって海から足が遠のき、大阪城のお堀や中之島のあまりきれいじゃない川を見て、海を思い出す日々だった。それでも大阪の日々はそれはそれで楽しくて、ずっとこっちに住もうかな。と思いマンション購入を検討し始めた矢先、東京に帰任になった。

会社を辞めない限り戻れないと思っていた関東に戻れることになった。ミーティング後、席に戻ったわたしは、混乱する頭とは裏腹に秒で以前住んでいたあのマンションをネット検索していた。大阪で親しくなった人たちとの別れは寂しかったけれど、なんだかんだいって再び訪れる湘南ライフに否応なくわくわくしていた。コマツさんが案内してくれたあのマンションはコロナでリモートワークが増えた影響とかで、残念ながら満室だった。

去年の春に東京へ帰任。湘南でやっと見つけた物件で、わたしは今度こそサーフィンを始めた。でも、和歌山でやっていたころと同じく、ひとりぼっちで練習する日々が続き全然上達しなかった。徐々に教えてくれる先生や友達が現れ始め、1年前にサーフボードを新調した。それまで使っていた初心者向けのボードではなく、初めてのちゃんとしたロングボードだ。中古の素敵なもので、とあるプロサーファーが昔使っていたものだった。そのサーフボードを迎えたことをきっかけに、家の中で保存するためのラックも新調した。そしてこのラックが結構場所を取るため、インテリアのバランスが狂ってしまった。

その頃からわたしは家探しを始めた。今度こそ、賃貸ではなくマンションを購入しよう。

最初は新築マンションやリノベ済みマンションを見てまわったけれど、予算内で好みの物件というのはなかなかないものだと思い知らされた。

鎌倉R不動産のワタナベさんに出会ったのは、そんなタイミングだった。以前コマツさんにお世話になったことなどをお話ししたら、コマツさん、まだ在籍されているとのこと。ご縁を感じて、そこから色々な物件をご紹介いただく日々が始まった。

わたしの譲れない条件は「ロングボードを家の中に置けるマンション」だったのだけど、この条件を満たすマンションが、そもそもあまり存在しないことがわかってきた。ロングボードはエレベーターには乗らないのだ。階段で上げ下ろしすることを考えると、3階が限度だということもわかった。戸建てやテラスハウスも見たけれど、独身のわたしには広すぎて、ぴんとこなかった。今のわたしがちょっと広いかなと思うくらいで、将来誰かと住むこともできる、と思えるくらいの物件を探し始めた。

一度ほんとうに見つからなくて、もういいやと思うタイミングがあった。でもより海の近くには引っ越したくて、賃貸も検討し始めた。ワタナベさんはそんなわたしにずっと寄り添い続けてくれた。春から夏にかけて、ワタナベさんと何回内見に行ったことだろう。

もうあきらめかけたころ、好みの物件が現れた。当初は予算的にちょっと厳しかったのだけど、いろいろな巡り合わせで購入することができた。奇しくも、あの思い出の物件と同じく、エントランスに大きな木が植えられたマンションだった。


改装後の現在の住まい。日当たりもいい。奥はウォークインクローゼットの入口。窓をつぶさないように工夫し

実は、内装の工事をすることは決めたものの、サーフボードラックを置く場所を曖昧にしたまま購入を決めてしまっていた。もともとあったキッチンカウンターを撤去してそこにラックを置く想定だったが、もし仮にそのプランを実行していたら、地獄の使い勝手となっていただろう。

ある日の工務店さんとの打合せの際、ワタナベさんが2LDKを1LDK+ウォークインクローゼットにしたらどうか?というアイディアを出してくれたおかげで、ラックを置く場所ができ、もとあったキッチンカウンターを活かす間取りに収まった。

さらに、壁をクロスではなく珪藻土でペイントしたかったものの、予算にはまらず自分で塗ることにしたところ、塗料の手配や塗装指南までお付き合いくださった。控えめに言って、ここまで寄り添ってくれる不動産屋さんなんて他に絶対ないだろう。わたしが色々とポンコツなため、ここに書ききれないほど様々な局面でご迷惑をかけ本当に本当にお世話になりました。


壁の色とサーフボードラックの色は偶然の一致で、引っ越してから気づいたという小島さん。お茶目です

内装工事が完成した家に、先日ワタナベさんとコマツさんが遊びにきてくださった。コマツさんとは8年ぶりの再会で感慨深いものがあった。結局は去年入手したサーフボードのために引っ越したようなもので、このラックもたまたま壁と同じ色なんですよ~という話をした。

これ、うちに来た人みんなに驚かれるのだが、先に購入してあったラックの色味と壁の色味が完全に一致しているのは、単なる偶然なのだ。引っ越してきてラックを置いて初めて「完全一致してる」と気づいた次第。みんな口をそろえて「壁と同じ色を塗ったのかと思った」と言うのですが、違うのです。

この家に来て、海は近くなったし日当たりはいいし、内装も自分好みにできたし、サーフィンも(少し)上達できたし、コマツさんと再会でき、ワタナベさんに出会えた。

サーフボードが連れてきてくれた家、サーフボードが見せてくれた物語。だと思っている。

そして、実は今夜、新しいサーフボードをお迎えすることになっている。第二章、次はどんな物語を見せてもらえるのか、今から本当に楽しみ!

※以上、お客様小島様より。


鎌倉R不動産スタッフより

ワタナベ:小島さんとの出会いは、確かまだ肌寒い時期でした。あるマンションを内見して、その帰りにどんな物件を探しているのか、いろいろとお伺いしてそこでコマツの昔のお客様だということや、譲れない条件(ロングボードが室内に置けること!)をお聞きしました。その後は、ほぼ毎週内見であれこれ一緒に見てまわり、楽しく時間を過ごせました。お盆時期の汗だくの珪藻土塗り工事も今となってはいい思い出です(笑)。内装工事が完了してお部屋を拝見したら、これまた素敵なインテリアでした。こうして「お客様の声」を届けていただき、うるっと涙が出てきてしまったのです。また遊びに行きますね。

コマツ:小島さんとの最初の出会いは、文中の賃貸マンションの内見で、物件のタイトルは「波乗りの床」。8年前の仲介だから、こういう風に覚えていてくれたことが本当に嬉しいです!無駄に小島さんのいまの家から「波乗りの床」までみんなで散歩する会とか開催してみたいですね。本当にありがとうございました。

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