20数年ぶりにそのカフェへ行った。
海からそそり立つ断崖上に建つそれは、陸上からだと全貌を見ることはできない。
白くて僕にも理解できる素材で作られた2階建ての洋館だ。
入口の扉を開けて中に入った、昔と何ひとつ変わらなかった。
白い木製の扉、ガラスブロック、少し錆びて白い塗料が浮き出ている窓枠、そして壁面いっぱいのガラス窓の向こうに見える海。
店内は相変わらず、音楽も余計なものもなにもなかった。
少しして気が付いた。
僕が好きになるモノのここが原点なのだと、そして完全なものだと。
引っ越しのたびに探し求めてきたもの、家に出会うたびに直感的に判断の物差しになってきたもの、それがここだった。
不思議なことに、これまで繋がらなかった。
当時の僕にとって、ひとりで過ごすとても居心地の良い場所だった。それは、装飾が少なく静かでかすかな波の音だけ聞こえる空間、そこで過ごす時間が大切で、建物や内装にとりわけ関心があったわけではない。
ただ、僕の潜在意識に居心地の良さとともに強く刷り込まれていたのだ。
なぜかとても遠回りをしていたような気持ちになった。
ずっと前、それは僕の目の前にあって、でもその時は気が付かなかった。
大事なもの、大切なものがわからない、失ってしまうのは僕の人生の常だ。
いつも後になってから気が付く、かけがえのないものだったことを。
夕方、そのカフェにゆっくりと暗闇が訪れる、その時が一番好きだ。
そして、家のことも人生のことも、また分からなくなった、46歳なのに。