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2012.8.30
稲村ヶ崎R事情

古民家で生まれた「人と人をつなぐ投信」

内田伸一・写真=浅野泰臣
 

稲村ヶ崎R不動産(現 鎌倉R不動産)も親しくさせていただいている「鎌倉投信」。投資信託委託会社イコール都心の高層ビルを舞台に日夜のマネーゲーム、という印象も強いですが、同社のオフィスは鎌倉のゆったりとした時間が流れる、古い日本家屋なのです。これまでの業界のイメージを覆すこの挑戦。その真意を取材します。

旅館ではありません。投資信託委託会社のオフィスです。
「100年続く投信」を目指して

鶴岡八幡宮の東、雪ノ下の閑静な住宅地。築85年、平屋一戸建ての古民家を拠点にする鎌倉投信は、2008年創業の若い会社だ。彼らが扱う投資信託“結い2101”は業界や個人投資家からも一目置かれている。「100年後も活躍できる企業を応援したい」とし、独自の視点で投資先企業を選別。1万円から投信購入を受け付け、皆で社会に貢献するいい企業を育てようというものだ。しかし、なぜ拠点を鎌倉の古民家に?

代表取締役社長の鎌田恭幸さんにお話を伺った。外資系の信託銀行で副社長まで務めたが、理想の金融を実現すべく仲間3人と起業。鎌倉のこの家を選んだ理由は、その設立理念に深く関わる。

緑溢れる敷地内。家屋の左側には素敵な庭園も。

拡張や成長を盲目的に追求する時代は終わり、「今後は投資する側もされる側も、それを取り持つ資産運用会社も、共に持続可能な循環型社会を創っていくべき」との想いが鎌田さんにはあった。100年続く「いい企業」を応援し、100年続く投資信託を目指そう。それなら、運用の拠点も100年続く家でそれを行いたい――。

日本に約70社ある投資信託委託会社のほとんどは東京に集中するが、「創業メンバーの誰からも、東京の駅前ビルでやりたいという声は出なかったんです」と鎌田さん。投資信託はマネーゲームではない、人とのつながりだと考える彼らにとって、交通アクセスうんぬん以前に、自らの“立ち位置”を伝えられる場所が大事だった。オフィスは単に働く空間ではなく、目指す理念を象徴・体現してくれる存在となるべきだと考えていた。

「鎌倉投信」代表取締役社長の鎌田恭幸氏。

そこで鎌田さんは、自ら移り住んで十数年になる鎌倉を中心に、古い日本家屋に絞り物件探しを開始。
鎌倉は自然や歴史ある古都の顔に加え、初の武家政権や日本のナショナルトラスト運動(開発による環境破壊を防ぐため、市民や自治体が土地を買い取る、またそれを求める活動)の発祥の地域であるなど、革新的な気質も併せ持つ。そんな土地柄にも惹かれてのことだった。

そして見つけたこの物件。築85年ゆえ、屋根と基礎のかなりの修繕が必要だった。さらに当時はリーマンショック直後。金融業界の大混乱の中、鎌倉で、しかも駅から徒歩20分の場所での起業に「無謀だ」という声も少なからずあった。だが、それでも「ここで」と思える場の力を信じた鎌田さんたちの信念はぶれることなく、2008年、この地で鎌倉投信は活動を開始した。

居間から庭を眺める。気分は夏休みのお祖父ちゃん宅訪問……。
「和・話・輪」のインタフェースとなる日本家屋空間

現在、そんな鎌倉投信のオフィスには日々さまざまな人が訪れる。多様な投資先企業の担当者もそうだし、投資家側も会社経営者から、社会貢献活動に携わる若者、ごく普通の会社員まで。景気に左右されず利益を生み出す良質な会社と、目先の数字に踊らされない良質な投資家たち。マネーゲームとは違うこの信頼関係を鎌田さんは「共感資本」と呼ぶ。そして、彼らとの「顔の見えるつきあい」のインタフェースとしても、この日本家屋は機能する。

取材でもおじゃました居間は、畳敷き、床の間付きのゆったりした空間。ふと目を横にやれば紫陽花の咲く庭が眺められ、裏山からはそよ風が―—。その開放感は、ここが投資信託委託会社だと忘れてしまうほどだ。「四季の変化の中、何気ない瞬間に五感を呼び覚まされたりしますね。お客さまもここへお通しします。靴を脱ぎ畳に上がってもらい、座卓を囲んでお話するので、自然とリラックスしてくださるようです」。

訪問客を迎える居間。同社の信条のひとつ「和」の一字を記した書も。

ここには、鎌倉の地元の人たちも訪れるという。日常業務の場としてだけでなく、参加者を招いて定期的に行うセミナーや、地域での古民家活用イベントの場にもなっているからだ。

「場」としての同社の信条には、「3つのわ」がある。調和や日本独自の価値を示す「和」、希望や理念を風通しよく語れる「話」、人や夢がつながり、広がる「輪」。「ただお金を増やしたい、出資してほしいというのでなく、人と企業がつながる金融を目指すうえでも、“場の力”は重要だと実感します」という鎌田さん。この居間を原点に、3つの「わ」は堅実に育っている。

壁、窓周りの格子など職人の手仕事もしっかり残っている。
互いを育て合う共生関係

この居間とシームレスにつながる木床の間に続く、最奥の部屋には投資信託の運営を行うオフィスルームがある。改装時には情報機密性の必要上、セキュリティ対策も徹底。専用回線用に必要な修繕のほか、2重のオートロックを施してある。万一のために耐火性の強い金庫も設置。その重量に耐えるべく基礎も作り直した。

オフィスルーム。開放感ある大窓も防犯ガラスでセキュリティを考慮。

いっぽうで、庭には季節ごとの草花の姿も。社員たちは空き時間を利用し、野菜を育ててもいる。その収穫物を活かして、庭でバーベキューを行うこともあるという。コミュニケーションの場である居間や、専門家の仕事場であるオフィスルームに寄り添うように伸びるこの庭は、他の空間に比べ明確な機能を持たない。しかしその存在は、ここで働く人々や来訪者に「互いを育て合う共生関係」を再確認させてくれるのでは、とも感じた。

機密対策上、来客からオフィスルームは見えないが、柔らかな空気感を損なわない工夫も。 

現在「結い2101」の投資先は37社(2012年7月末現在)、受益権保有者の数は3316。運用開始以降2年4ヵ月間、株式市場が20%以上下落する中で設定来の基準価額騰落率は5.9%(年率2.5%)を達成(2012年7月末時点)。その理念のみならず、堅実な運用実績でも注目されている。

「いい会社」「いい投資」とは何か? そのための「いい場所」とは。彼らの場合、その答は目先の利便性に長じた都心のビル街ではなく、駅から少し歩くけれど自然に人が集う、こんな素敵な場所だった。周囲の「常識」に振り回されず、新しい価値を信じて育て続けていく。その姿勢が、すっと心に沁み入るように理解できた取材だった。

裏庭には菜園が。鎌倉投信にはゆったりとした時間が流れている。
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