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「不便な利益」
ちょうどコラムを書く前の日に、別の打ち合わせでお客様がお話されていました。不便と聞くと、ネガティブなイメージがありますが、世の中が便利すぎて、不便な事を体験する機会がなくなっている。不意に不便なことが身にあると、良い体験ができたと感謝するというものでした。
この物件のある葉山は、バスでの移動の文化が根強い地域です。逗子駅から海沿いのバスに揺られてそのバス停名称を聞いているだけで、その場所の持つ文化や嗜好性みたいなものが頭に浮かんできます。周辺の移動は自転車や原付くらいがちょうどよいのですが、最寄りの駅に出ようとすると逗子駅となります。
葉山芸術祭開催ともなれば、都心から足を運んだことがあるという方も多いことと思います。電車とバスを乗り継いで、わざわざここまで来た感もあることでしょう。
そんな場所で居を構えるというのは、都心に比べて流れる時間は違って感じることと思います。わざわざ、交通が不便な場所までやってきて、得られるものは大きな空と海と山。自然が目の前にあり、自分の五感を揺さぶってくれる生活がそこにあると思います。
では、家に帰ればどうか。家の素材やあり方については、便利さに囲まれる事と、味わいのある生活。日々そのせめぎ合いという方も多いのではないかと思います。少し油断をすると、味わいあるものが失われやすいです。
どこに行っても、何をしていても、とても便利な世の中。人の選択の中で、味わいが便利さを超える事は非常に少なくなりました。私の好きな建築家は、窓ガラスは虚像が映りこむから美しくないとの理由で、世間ではペアガラスが当たり前になってからも単板ガラスを使い続けた人がいます。
それが良いとは言いませんが、不利益を被ることを非常に嫌う世の中で、美しさや味わいを優先して住まいを決める人は、昨今の開発分譲を見ると非常に少ないものだと感じます。
ただ、利便を選択する事で得られること。味わいを選択することで得られること、心の豊かさ、美、不便からくるコミュニケーションなど。利便さを失いたくないというニーズがあれば、一方で味わいを失いたくないというニーズも存在し、特に私たちが扱う鎌倉周辺にお住いの方々のニーズには、他の地方よりは多く存在しているものであると感じます。
普通は、自分の家が1棟でどちらかの選択を迫られ、一方に寄りすぎていたり、自分の感性感覚とは違うポイントで設定された建物では、どうも不満が出がちです。
つまり利便性は誰にでも分かりやすく、意識せずとも享受できることが多いです。味わいの部分は量的には、非常に不明確で分かりにくい。得ようとしなければなかなか手に入りにくくなっています。ただ質素で美しくありたいだけなのに。
今回のこの物件は、両立していると言えますが、バランスを取っているのではなく、極端な2つが存在しています。
まず築年数不詳ですが、素敵な佇まいを今に残す母屋があります。窓まわりのモールやヘリンボーンの床で仕上げられた洋室、ふた間続きの8帖の和室。断熱材は無く、窓ガラスは木製の単板ガラス、部屋間は襖戸で仕切られ、歩けばギシギシとなる床。雨戸の開け閉めだけで慣れるまでは30分くらいかかりそうです。
でも、西側の和室の先の広縁から大きく伸びる垂木、その先の空と山の緑と海。天気が良ければ江の島も垣間見ることができます。特に夕方には綺麗な空が広がることでしょう。
そんな中、広縁の傍らにシートにくるまれた何かを発見しました。それは立派なバーベキューセットでした。こちらは物件についてくるわけではありませんが、葉山といえば庭でバーベキューというイメージはあるものの、純和風の建物にアメリカンなロゴの入ったバーベキューコンロがあることが、とてもシュールであり、ベストマッチしていました。
母屋は楽しく、空を眺め、本でも読みたくなる。そんな味わいに包まれた建物でした。
他方、利便性の高い、窓や断熱改修などが昨年行われ、快適な離れは、綺麗になった風呂、洗面、トイレなどが複数セット設置されシステムキッチンもあるので、そのまますぐに住むことができます。
ここまでの対比的な建物が隣接して存在している物件は、ある意味珍しく、大型だからこそかもしれません。母屋と離れを合わせて、建物が約400平米ほどあります。一組で大名の様に暮らしても良いですし、第一種低層住居専用地域なので、業を行える地域ではありませんが、企業、法人などで所有し、環境の良い場所で社内の交流を深める場としてなどはいかがでしょうか。
この物件は、鎌倉逗子葉山の懐の深さを知らしめてくれました。山林も含めて4,000平米以上あり、物件の全貌は、数回行ってもなかなか掴みきれません。母屋からは味わいのある魅力を感じ、この物件への興味をそそります。純和風の建物だけでの暮らしであれば、二の足を踏んでしまう気持ちもわかりますが、味わいと利便の両方がある物件。
天気の良い日に、あえて電車とバス、あとは歩きで不便な場所だなと言いながら、大きな空と海と山を見ながら、いらしてみてはいかがでしょうか。